【うたう古代ギリシア文学】第二回 激突!三大悲劇詩人!!!~超高速ギリシア悲劇~(2018年9月) 動画アーカイブ・まとめページ


 

 

 

★このページは、2018年9月に行ったレクチャー・パフォーマンスで披露した、超高速ギリシア悲劇×三本(アイスキュロス『コエーポロイ』、ソポクレース『エーレクトラー』、エウリーピデース『エーレクトラー』)への動画リンクと、導入としての解説を含んでいます)

★読み飛ばして、動画だけをご覧になっても大丈夫です!


 

 

 

紀元前五世紀、ギリシアのアテーナイ(アテネ)では、空前絶後の芸術的・大爆発が巻き起こっていた……それは……

「ギリシア悲劇」の発展!!!!

現在私たちが「演劇」「お芝居」であると考えている芸術ジャンルは、ここ、ギリシアのこの時代に生まれ、華々しく発展し、その要素がほぼ完成されました。

そんな、「演劇」の最初のかたち、原型にして典型、規範となったのが「ギリシア悲劇」です!

その「ギリシア悲劇」という、人類の芸術の歴史、心の発展の歴史上、非常に重要なステージに、綺羅星のように現れ、のちの時代に不滅の宝物をのこしてくれた最高の芸術家たちが三人!!!!

アイスキュロス!(前525~456)

アイスキュロスです。ペルシア戦争にも行きました

ソポクレース!(496406)

ソポクレースです。構成の鬼

エウリーピデース!!!(480406)

エウリーピデースです。変わり者のアイディアマン

ギリシア悲劇と言えばこの三人です! 

彼らは「三大悲劇詩人」と呼ばれています。

彼らが残した悲劇たちは、その作風、テーマ、言葉遣い、詩的技巧、作劇術、物語の構成の仕方などなど、他分野にわたって、現在まで、多くの芸術作品をインスパイアしてきました。(演劇のみならず、小説や、映画や、漫画にいたるまで、彼らが発明した物語のテクニックは、いまもいろいろなところでパワーを発揮しているのです!!!)

この、最高の芸術家たち三人が、それぞれどのような作風で、どんな宝物を人類に残してくれたかを、三人が同じ神話の同じ場面を題材に作った悲劇を紹介して、ご紹介します!!!!


 

 

 

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そもそもギリシア悲劇って何?

 

(ギリシア悲劇?しってるよ!という人は読み飛ばしてね!)

 

 

ギリシア悲劇は、「悲劇」という訳語のために「悲しいおはなしなんだ……」と誤解されがちですが、もとのことばには「悲しい」というニュアンスはありません。

「悲劇」はもとは τραγῳδία トラゴーイディアー=「山羊のうた」という意味のことばで、神々に捧げる合唱抒情詩から発展した芸術形態だと考えられています。

ギリシア悲劇が発展した紀元前5世紀のアテーナイでは、毎年春に「大ディオニューシア祭」という、狂気・酩酊・酒・解放の神ディオニューソスに捧げられた大規模な演劇祭が行われていました。

このお祭りは、たとえアテーナイが戦争中でも行われ、軍事費と同じくらいの費用をかけて行われていたという記録さえあります。

つまり、演劇の上演は国家(ポリス)行事であり、ポリスの存続や運営、市民たちにとって重要なものである、と考えられていたわけです。

ギリシア悲劇の題材は原則的にギリシア神話で、たった一つ残っている例外は歴史的なできごと(ペルシア戦争)を題材としています。

ギリシア神話は、当時のギリシア人たちにとって非常に馴染み深い、彼らの民族的なアイデンティをささえるおはなしでありましたし、ペルシア戦争も、ギリシア人であればみな無関係ではいられない過去の出来事です。

つまり、「ギリシア悲劇」というのは、初めて見聞きするおはなしを楽しむタイプのお芝居ではなく、皆がよく知っている物語を題材に、劇作家(悲劇詩人)たちがどんなふうにアレンジしているか、どんなテーマ(政治批判、反戦、人間愛、今でいうヒューマニズムなどなど…)を盛り込んで魅力的に作劇しているかをたのしむタイプの、なかなか洗練されたお芝居だったのです。

『桃太郎』が鬼ヶ島に上陸してから、はたしてこの地に住まう鬼を征伐するのは本当に正義なのか?と思い悩んだり、桃太郎に親を倒された鬼のこどもが復讐に挑んで怨嗟の連鎖が続いて行ったり……そういう風に、わたしたちがよく知っている、倫理的な疑問をこれまでさしはさんでこなかった「おとぎばなし」に対して、そのとき、その時代を生きている人間の価値観や、その時代で巻き起こっている問題をぶつけて、世界や、自分たちの存在について考える、スリリングでドキドキする時間を提供してくれるのが「ギリシア悲劇」の魅力だと思っています!

それでは、さっそく、それぞれの悲劇詩人たちの作品に……

入る前に、その元ネタの神話を見ていきましょう!

 

 

 

オレステイア(オレステースもの)=アトレウス家の神話について

  • アイスキュロス『コエーポロイ』(「オレステイア三部作」の二作目)
  • ソポクレース『エーレクトラー』
  • エウリーピデース『エーレクトラー』

これら三本は、みな、同じ神話の同じ時間帯を題材にし、登場人物たちもほとんど同じ!

メインキャラクターは、

  • ミュケーナイの王子オレステース(子供のころから亡命して、よその国で大きくなりました)
  • オレステースの姉、王女エーレクトラー(王宮で虐待に耐えながら、弟の帰りを待ち続けています)
  • ミュケーナイの王妃クリュタイメーストラー(夫であった王さまを殺して、七年間国を牛耳っています)
  • 王妃の愛人である王位簒奪者アイギストス

です。

みんな王家のひとたちですね。それも、ギリシア神話の中でも屈指の名門、「アトレウス家」と呼ばれる王家の血筋のひとたちです。

彼らの因縁を、少しさかのぼってみてみましょう。

 

 

 

元の神話のあらすじと前日譚

主な登場人物たち。なんか人数が多いけど、王家の家族の話か……と思っておけばOK!

主なあらすじ

トロイア戦争のギリシア軍総大将アガメムノーンの妻クリュタイメーストラーは、夫の留守中アイギストスと密通していた。アガメムノーンは戦争終結後故郷アルゴス(ミュケーナイ)に帰るが、クリュタイメーストラーとアイギストスによって殺されてしまう。アガメムノーンの息子オレステースは七年の放浪の後故郷に帰還し、父の仇を討つ。

はい!

今回取り上げる悲劇は、家庭内の話でありながら、全ギリシア連合軍VSトロイアの戦争『トロイア戦争』の戦後処理ドラマでもあります。

それではトロイア戦争の始まりからおさらいしましょう!

【前日譚】

①スパルタ王妃ヘレネーがトロイアの王子に奪われてしまう!

ギリシア全土から求婚者が殺到した絶世の美女ヘレネーが、トロイア(ギリシアから見て外国)の王子とラブラブになってしまい、うばわれてしまいました。ヘレネーの夫メネラーオスと、その兄、ミュケーナイ王アガメムノーンは、ヘレネーの元求婚者たちからなるギリシアの様々な都市の王侯貴族たち(=ギリシア全土・島々にわたる連合軍!)を率いてトロイアに攻め入ることにします。

②でも出航できない!!

どういうわけかアルテミス女神の怒りをかってしまい、北風があらぶってトロイアへ船を出せなくなってしまいます。さて困ったギリシア軍!!

そこで予言者(昔の戦争には予言者も重要ポストとして従軍したりします)が総大将アガメムノーン王に勧めた解決法は……

③娘の命を差し出すこと!

アガメムノーンの娘、王女イーピゲネイアを生贄として差し出すことになってしまいます。

アガメムノーンは悩んだ末、公人としての立場をとって娘を犠牲にすることに。

④そしておそろしい恨みが……

イーピゲネイアの犠牲によって風は凪ぎ、ギリシア軍は無事に出航します!

しかし、イーピゲネイアの母であり、アガメムノーンの王妃クリュタイメーストラーは、娘を殺されたため夫アガメムノーンを激しく憎むのでした。


……というわけで、十年にわたるトロイア戦争が終わった後、帰国したアガメムノーン王は、王妃クリュタイメーストラーと、彼女の愛人になっていた自分の親戚のアイギストスに謀られ、殺されてしまいます!

そうして、クリュタイメーストラーアイギストスは、国の支配者として君臨しました。

さて、アガメムノーンの世継ぎである王子オレステースは、正当な王位継承者。このまま国にいては命を狙われてしまう……というわけで、じいやに託されて亡命します。

姉である王女エーレクトラーは王宮に残ったため、きょうだいは離れ離れとなりました。

それから月日は流れて八年目(七年後)……

成人した王子オレステースは、アポローン神の神託により、父の敵討ちを命じられます。満を持して! 彼は、親友のピュラデースとともに、故郷ミュケーナイへと向かうのでした………


それでは、ようやく! それぞれの悲劇詩人がどのように、オレステースの復讐端を描いたのか、見ていきましょう!

 

 

 

アイスキュロス『コエーポロイ』

(墓前に注ぎ物を供えて供養する人々、の意)

★アイスキュロス『オレステイア三部作』(紀元前458年)

   『アガメムノーン』『コエーポロイ』『エウメニデス』

   ⇒ギリシア悲劇が三部作形式であったことを唯一完全に伝えている作品群

・『アガメムノーン』…トロイア戦争から帰還したアガメムノーンがクリュタイメーストラーに殺害される

・『コエーポロイ』…七年間亡命していたオレステースが帰還し復讐を果たす

・『エウメニデス』…「復讐=正義」は同時に「母殺し=罪」であるという正義《ディケー》の自己矛盾に決着がつく

作品のポイント……

◆「オレステースのジレンマ」-母殺しに対する倫理的な問題

・仇討と正義、その呪いのテーマ――オレステースは英雄的価値観の問題点の象徴か?

→オレステースが復讐を果たすべき相手は実の母親である。

 復讐は正義である―――親殺しは罪である

  ⇒このジレンマが悲劇の中で誕生する。

 ★以後、このジレンマはオレステイアもののテーマとなり続ける

◆復讐の女神たち《エリーニュエス》

地下の荒々しい神々であり、殺人の血が大地にしみこむことで目覚める。殺人者を追いかけると同時に、殺されたものの親族に復讐を強いて追いかける。

→二方向に働きかけ、責め苛む神である

★通常、別々の人物に向かうこの二方向の迫害を、オレステースは一身に受けねばならない


 

 

 

ソポクレース『エーレクトラー』

・成立はおそらく紀元前420-410年頃

・オペラや近代以降の戯曲など、現在に至るまで多くの派生作品が生まれており、上演される機会も多い。『オイディプース』『アンティゴネー』に次いで人気の高い作品の一つ

作品のポイント……

◆「オレステースのジレンマ」はどこへ行った?

「復讐は正義である―――親殺しは罪である」

アイスキュロス『コエーポロイ』で提示されたこのジレンマが表出しない。

オレステースは母親殺しにためらいを示さず、事後にもエリーニュエスの姿を見ない

☆オレステースはある種、叙事詩的英雄の性格を取り戻している

◆エーレクトラーの心の動き、内面の悲劇?

劇の主題はエーレクトラーの心の動きなのか?


 

 

 

エウリーピデース『エーレクトラー』

・成立はおそらく紀元前420-410年頃

作品のポイント……

◆舞台設定とプロロゴス(プロローグ)……エウリーピデースの新機軸!伝統神話からの逸脱

・スケーネー(舞台背景、セット)はふつう「王宮の前」

しかし今回はアルゴス国境地帯の貧しい農家!そして初めに出てくるのは貧しい農夫

◆エーレクトラーとオレステースの設定

エーレクトラー: 意識の上では「王女」だが、実際は農夫の妻…現実と自己認識の乖離

オレステース: 復讐者≒英雄としての自己像に疑問を持っているが、こういった伝統的な価値観を否定する自分の新しい価値観に居心地の悪さを感じている

◆アイスキュロス『コエーポロイ』のパロディ

  ・オレステースを認識するときの決め手:髪の房・足跡・衣服

   しかし、今作ではエーレクトラーはすぐには信じない!

   ⇒神話の反論に合理的視点を持ち出している

◆ロジックを越える身体性――変化するエーレクトラーとオレステース

★当事者による触覚的な殺人の語り……《使者の報告》的語りをメインキャラが行う!

  ロジックを越えた殺人の身体性

  ⇒エーレクトラーの変化は、この身体性を経験したことによるもの

 《王女エーレクトラー》という自己像の崩壊

  普通の人間の生活こそが市民共同体に一番必要なものだ!というエーレクトラーの気づき

★エウリーピデースの作品には非市民の価値を肯定する色合いが強いものが多い

<男市民>の価値観をひっくり返す

“一体、非市民というのは市民たちにとって何?”⇒これに全力で取り組んでいる!


 

 

 

同じ神話の同じ場面を題材にしていても、三人の悲劇詩人それぞれ、取り上げているテーマも違えば、作風も違い、どれも個性的で非常に面白い作品になっています!

数十年と短い間ですが、古代ギリシアにはこのように優れた演劇人・劇作家が次々に現れて大活躍しました。そのわずかな間に生まれた芸術的な遺産は、現在まで、世界中のひとびとを刺激し続けています。

自分だったら、誰の作品が一番好きかな? と思いながら楽しむもよし、また、「もし自分が悲劇詩人だったら、この神話にどんなテーマを盛り込んで、どんなふうにアレンジして上演しただろう?」と想像する楽しみもあると思います。

それではみなさま、今後もたのしいギリシア悲劇ライフを!!!!!!


 

 

 

参考文献

 

 

一次資料
Aeschyli Septem quae supersunt tragoedias, ed. Page, Denis. Oxford:Clarendon Press.1972
アリストテレース『詩学』松本仁助・岡道夫訳 岩波書店 1997年
Orestes: ed. Diggle, James. Oxford:Clarendon Press.1981
  ed. West,M. L. Aris & Phillips. 1987.
  ed. Willink, C.W. Oxford:Clarendon Press. 1986.
Poetarum melicorum Graecorum fragmenta. ed. Davies, Malcolm. Oxford:Clarendon Press.1991.
ホメロス『イリアス(上・下)』松平千秋訳 岩波書店 1992年
ホメロス『オデュッセイア(上・下)』松平千秋訳 岩波書店 1994年
パウサニアス. 飯尾郁人訳. 『ギリシア記』. 龍溪書舎. 1991.
Sophocles. Electra.ed. Finglass,P.J.Cambridge, UK : Cambridge University Press
トゥキュディデス. 藤縄謙三訳. 『歴史1』京都 : 京都大学学術出版会. 2000.
松平千秋,久保正彰,岡道夫 編、『ギリシア悲劇全集』1-13. 岩波書店、1990-1993.

二次資料
Burnett, Anne Pippin. Catastrophe Survived. Oxford:Clarendon Press.1971.

Knox, B. M. W. “The Poet as Prophet.” Directions in Euripidean criticism: a collection of essays. ed.Burian, Peter. Durham, P. B. Durham [N. C.] :
Duke University Press. 1985. pp. 1-12

Havelock, Eric A. The Greek Concept of Justice : from its shadow in Homer to its substance in Plato. Cambridge : Harvard University Press. 1978.
Lloyd-Jones, Hugh. The justice of Zeus. Berkeley:University of California Press. 1971.
 (日本語訳は『ゼウスの正義:古代ギリシア精神史』岩波書店、1983年。面白いです。)
March, Jennifer R. “Klytaimnestra and the Oresteia legend”. The creative poet : studies on the treatment of myths in Greek poetry. London: University of London, Institute of Classical Studies. 1987.
Pickard-Cambridge, Arthur Wallace. The dramatic festivals of Athens. Oxford: Clarendon Press. 1988.
Roberts, Deborah H. Apollo and his oracle in the Oresteia. Gottingen: Vandenhoeck & Ruprecht. 1984.
Romilly, Jacqueline de. Time in Greek tragedy. Ithaca, N.Y.: Cornell University Press
Taplin, Oliver. Greek Tragedy in Action. University of California Press. 1978.
 (日本語訳は『ギリシア悲劇を上演する』リブロポート、1991年 おすすめです。)
Vernant, Jean Pierre. and Zeitlin, Froma I. Mortals and immortals : collected essays. Princeton, N.J. : Princeton University Press. 1991.
West, M. L. Ancient Greek Music. Oxford: Clarendon Press 1992.
Introduction to Greek Metre. Oxford: Clarendon Press 1987.
Zeitlin, Froma I. “Playing the Other : Theater, Theatricality, and the Feminine in Greek Drama”. Nothing to Do with Dionysos?. eds. Winkler, John J. and Zeitlin, Froma I. Princeton, N.J. : Princeton University Press. 1990.

川島重成「終わりへの期待と不安:『アガメムノーン』における正義」『ギリシア悲劇の人間理解』. 東京:新地書房.1983.
丹下和彦『ギリシア悲劇研究所説』. 東京:東海大学出版会. 1996
平田省吾『エウリピデス悲劇の民衆像:アテナイ市民団の自他意識』東京:岩波書店.2002.
中村善弥『ギリシア悲劇研究』. 東京:岩波書店. 1987.