言葉を使った芸術――詩や歌、小説などなどで、動物が登場したり、楽器が奏でられたり、何かが音をたてたりするとき、わたしたちはかなり高い確率でアレに出会います。そう、擬声語(オノマトペ)です!
犬はワンワン、猫はニャー、ピアノはポロロン、鈴はチリン、心臓はドキドキ、雨はしとしと……
さまざまなオノマトペに彩られて、わたしたちの言語活動は豊かなものになっています。
さてさて、このコラムは古代ギリシアに関することをテーマにするものなので、古代ギリシアのオノマトペをいくつか取り上げようと思います。
オノマトペを探すのにふさわしい古代のテキストとしてまず思いつくのは喜劇! わたしは普段ギリシア悲劇とばかり戯れているのですが、今回はギリシア喜劇の中を覗いてみましょう。
古代ギリシア語のオノマトペとしておそらくもっとも有名なものは、アリストパネースの『蛙』(Βάτραχοι 紀元前405年上演)で登場するカエルの鳴き声でしょう(ウィキペディア英語版のOnomatopoeiaのページの冒頭にも出てきます)。
こんな風に鳴いています。
βρεκεκεκὲξ κοὰξ κοάξ,
βρεκεκεκὲξ κοὰξ κοάξ.
ブレケケケックス コアックス コアックス
ブレケケケックス コアックス コアックス (209-210行)
「レ」の音は巻き舌で、どうぞ口に出してみてください!
生き生きとカエルちゃんが鳴いている様子が目に浮かびませんか?
では次、鳥の鳴き声を聞いてみましょう。アリストパネースの『鳥』(Ὄρνιθες 紀元前414年上演)より。
ἐποποῖ ποποποποποποποῖ,
ἰὼ ἰὼ ἰτὼ ἰτὼ ἰτὼ ἰτὼ,
エポポイ ポポポポポポポイ
イオー イオー イトー イトー イトー イトー(227-228行)
τοροτοροτοροτοροτίξ.
κικκαβαῦ κικκαβαῦ.
τοροτοροτοροτορολιλιλίξ.
トロトロトロトロティックス
キッカバウ キッカバウ
トロトロトロトロリリリックス(260-262行)
これはヤツガシラが発する鳴き声です。そう、この劇は鳥が登場人物として舞台上にあらわれるのです。ヤツガシラのほかにも、24種類の鳥たちによるコロス(合唱隊)が登場します。その鳥たちのコロスによる鳴き声はこちら。
ποποποποποποποποποποῖ
ポポポポポポポポポイ (310行)
τί τί τί τί τί τί τί τί:
ティティティティティティティティ? (314行)
(τί「何?」という言葉と上手くひっかけた鳥の声!)
τιὸ τιὸ τιὸ τιὸ τιὸ τιὸ τιοτίγξ,
ティオ ティオ ティオ ティオ ティオ ティオ ティオティンクス (738行)
τοτοτοτοτοτοτοτοτοτίγξ,
トトトトトトトトトティンクス (747行)
24種類もの鳥が一緒に歌うと、いったいどの鳥の鳴き声なのかわかりませんが、確かに鳥のさえずりのように聞こえます。(聞こえないよ~という方は、ぜひちょっと高い声で、鳥になりきって声に出してみてください。絶対に鳥になります)
さて、蛙や鳥の鳴き声を聞いてきましたが、ここで楽器の音の擬声語を聞いてみましょう。同じくアリストパネースの『鳥』のラストで、こんな音色が聞こえます。
τήνελλα
テーネッラ♪(1765行)
これは古注によると、キタラー(竪琴の一種)またはアウロス(笛の一種)の音をあらわす口真似だそうです。弦楽器のオノマトペとしてもう一つ、アリストパネースの『プルートス』(紀元前388年上演)からあげましょう。
θρεττανελό
トレッタネロ♪ (290行)
これもキタラーの音を模したものです。(安村典子先生はこれを「タリラリラン」と訳されています。思わず翻訳を読みながら「ああ~~まさに~~~!」と膝を打ちました。古代ギリシアの「タリラリラン♪」=「トレッタネロ♪」覚えやすい!)
文法から入ると、まあ恐ろしく活用するためとっつきにくく手強いギリシア語ですが、第一回目のコラムで取り上げた感嘆詞や、こうした擬声語だと、声に出しやすく、また気軽に使う機会も見つけられて親しみやすいですよね!(そういうところからわたしはギリシア語に親しみを抱いて、いままで何とか持ちこたえています……)
みなさんもぜひ、ご機嫌な気分の時には、道をスキップしながら「トレッタネロ♪」と歌ってみてはいかがでしょうか。アポローン神の奏でる竪琴の音色も、もしかしたら古代ギリシア風に「トレッタネロ♪」「テーネッラ♪」と鳴っているかもしれません。アポローンの妙なる弦の響きを唇に乗せられるなんて、なんて贅沢なのでしょう!
それではχαίρετε(ごきげんよう)! ふたばでした。
(さて、ほんとうに古代ギリシアの竪琴の音は「テーネッラ♪」と鳴るのでしょうか? 実際に古代の竪琴の復元楽器の音色も聞けちゃう『ひとりギリシア悲劇 コエーポロイ』の上演は11月11日・12日! ぜひぜひ足をお運びください。ご予約お待ちしております)